アンドリュー・ロウ著『10ステップでかんたん!魔王の倒しかた』作品解説(4)

10ステップでかんたん!魔王の倒しかた』作品解説の4回目、今回は内容に踏み込み、時代設定や舞台設定、そして元ネタとなった作品群を紹介します。ネタバレを含みますので未試聴の方はお気を付けください。解説を読んでからでも楽しめる方はもちろん大丈夫です。ただし訳者の視点から、つまり恐ろしく細かく読み込んだ者の視点から恐ろしく細かなことを説明していきますので、すでに作品を聴いた方でないと面白くないかもしれません。

 

ではまず、作品内の時代設定や、主人公たちの年齢を考察してみます。
第一章冒頭部にて、「ときはD歴四四二三年。魔王の復活から二十三年目」が物語の開始時点であると明かされます。この D は魔王(Deamon King デーモンキング)の頭文字と思われます。
なぜ勇者ではなく魔王の方が暦(こよみ)の基準となっているのかは謎ですが、おそらく、魔王はきっちり百年ごとに生まれるのに対し、勇者のほうは多少ずれたりして、暦としては魔王を基準にするのが都合がよいのではないでしょうか。

私の推測では、本作品でいう「歴史のサイクル」はこういう仕組みです――魔王はぴったり百年ごとに(ひょっとしたら、前の魔王が生きているかどうかにかかわらず?)赤ん坊として生まれる。魔王は成長し、魔族を糾合して徐々に領土を広げる。魔王は百歳前後で地表の半分を支配するに至り、そのとき勇者の素質がある者が勇者の剣を抜き、勇者と認定される。これが勇者の誕生、再臨、再誕などと呼ばれる(職業が「勇者」に変わるのもおそらくそのとき)。勇者が魔王を倒す旅は、たぶん通常は一年ほどで終わる。魔族は壊滅状態になる。しかしそのときには、そろそろ次代の魔王が赤ん坊として生まれている。魔王は成長し徐々に魔族を復興して……というのをワンサイクルとして、数えきれないほど(記録に残る範囲では少なくとも44回)繰り返している。

さて、このD歴四四二三年というのは、正確にはストーリー中のどの時点なのか、本文にやや曖昧さがありますが、私としては、ユウが初めて剣の神殿を訪れたとき、つまり第一章で「鞄魔法」のスキル習得直後、「ついに、計画の第一段階を試す準備が整った。まずは、剣の神殿へ行かなくては」の時点であると考えます。このときユウは17歳、つまり9歳から8年間かけて鞄魔法使いの職業を取得したばかりです。
剣の神殿から帰ったユウは一年間(かそれ以上)、鞄魔法のスキルレベルを100まで上げることに集中。そして二回目に剣の神殿を訪れたときにケンと出会います。ということはケンとの出会いは、ユウが18歳(かそれ以上)のときです。
その後ユウとケンが魔王を倒すまでにどれだけ時間がかかったのかは不明ですが、旅に出てから一年前後であっただろうというのが私の印象です。また、以上の解釈に基づくのなら、ダーク・ロードの年齢は、ユウたちと出会ったときに24歳くらいであったことになります。

 

では次に、本作品の元ネタ、つまりパロディ要素を考察していきましょう。
あんまり元ネタを指摘していくのは興ざめでしょうか……? いえ、そんなことはありません。JRPG リスペクトなパロディ/コメディであることは最初から公言されているのですから、元ネタ考察は著者にとっても大歓迎なはずです。
ただし訳者という、ある種特権的な立場から元ネタ考察するのはいかがなものか……? 訳者も読者の一人にすぎないのですから特権的とは大袈裟ですが、日本語版読者にとってのテキストを規定する立場であり、場合によっては著者に質問して解釈を確認できる立場でもあるわけです(そんなことは滅多にしませんが)。
うーんしかし、日本語版オーディオブックのリリースから半年以上経っていますし、綿密に作品考察したらつまらなくなるというタイプの作家でもありません(むしろその逆です)。日本語版の読者同士で会話が弾んでいるのなら訳者がでしゃばるのは考えものですが、残念ながらそういう段階の遥かに手前です。私がいろいろと書いたところで読書体験を妨げないはず。むしろどしどし解説することで一人でも作品に興味を抱く人が増えてほしいのです。

というわけで前置きが長くなりましたが、どんどん行きましょう。

まずは何といっても「ゼルダの伝説」シリーズです! 本作品の元ネタの五割くらいはゼルダの伝説シリーズだと思います。

・「歴史のサイクル」がきっちり百年というのは、砂漠の民ゲルド族には百年に一度しか男子が生まれず、それが魔王ガノンドロフとなった、というゼルダの伝説シリーズの設定に対応しています。
・しろがねの女神と呼ばれる「偉大なる女神リア」も、ゼル伝シリーズの世界の神、女神ハイリアのもじり(Hylia → Great Lia)です。
・ユウが手に入れる(ちょろまかす?)ことにこだわる「勇者の剣」もゼル伝シリーズの「マスターソード」に対応しますね。もっとも、勇者しか抜けない剣というお約束がゼルダの伝説に発するのか、それとも、それ以前の神話やファンタジー作品からの借用なのかは、私の知識では調べ切れていません。
・ユウがものを盗むことにいやに惹かれているのも、ゼル伝シリーズの主人公リンクがやたらに人のものに手を出すこと、「どろぼー」としてシステムに組み入れられてさえいることに対応するでしょう。もっとも、勇者が人の持ちものを勝手に漁るのはドラクエシリーズなどにも共通しますね。
・勇者は緑の服を着ているとの設定や、妖精を付き従えるといった伝統も、もちろん、ゼル伝シリーズのリンクのお約束です。
・ダンジョンとしての五大神殿を攻略する、というのは『ゼルダの伝説 時のオカリナ』の設定であり、なかでも最も凶悪な「水の神殿」の描写は八割がた、時オカの水の神殿のマップそのものと言えるでしょう。
・その他にも、湖に棲み装備をアップグレードしてくれる大妖精、トライフォース(黄金の聖三角)のもじりとしてのペンタクレスト(五頂点の紋章)、勇者の定番武器としてのブーメラン、巨大な青い手のモンスター(ゼル伝シリーズの定番モンスター「マスターハンド」)、大樹が入り口なのに中が石造りのダンジョン(初代ゼル伝の最初のダンジョン)、三つの火の玉を吐くドラゴン(そのダンジョンボス)、冒険を要所で進める楽器の旋律、謎の青年に扮したお姫様、行く手を阻む強敵たる闇の勇者……などなど、ゼル伝シリーズからの引用/パロディは数えきれないほどです。

といっても全てがゼル伝シリーズではなく、ドラゴンクエストシリーズやファイナルファンタジーシリーズからの引用もあります。

・「職業」はドラゴンクエストシリーズの職業システムに対応しますね。しかし複数職業が可能な点や「赤魔法使い」「暗黒騎士」の存在はファイナルファンタジーシリーズのジョブシステムを思わせます。
・「かばん魔術」と訳したのは Bag Magic、これはドラクエ6から登場した「ふくろ」(英訳は The Bag)システムに対応するでしょう。ドラクエの引用だとすれば「ふくろ魔術」と訳すべきかもしれませんが、どうにも語の印象が締まらない(袋だけに?)ため、悩ましいところでしたが鞄と訳しました。
・最弱モンスターとしての水滴型スライム、あるいは経験値豊富な金属スライムもドラクエの伝統ですね。

さらに別のゲームの引用と思われる要素もあります。

・本作品の聖なる楽器ハーモニカが、ゼル伝「時オカ」のオカリナのパロディなのはもちろんですが、同時に「イース」シリーズの銀のハーモニカの引用でもあるでしょう。
・キャラレベルとは独立に、ひたすら使用回数で上昇していくスキルレベルという点は、エルダースクロールといった海外ゲームのシステムかもしれません。
・ケンが後半にいつの間にか習得していたスキル「ホーリーソード」は古典的 TRPG である D&D に由来する技です。
・「ブレイブリー・デフォールト」の要素もあるらしいのですが、恥ずかしながら私がほぼ未プレイのためよくわかりませんでした。ユウが寝ぼけて「むぐぐ……」と言うところはそうだと思いますが、ほかにもありそうです。

おっと、ゼルダの伝説は「JRPG」なのか?という論点を忘れていました。ゼルダの伝説は任天堂作品のなかでも特に海外で人気のあるシリーズです。日本では「アクション」または「アクションRPG」とジャンル分けされることが多いと思いますが、英語圏では単に RPG ともジャンル分けされるようです。ともかく RPGの一種であるのは間違いないでしょう。

 

では、単に元ネタということを超えて、全体的な世界観、あるいは全体的なストーリー展開に影響した作品群に注目してみましょう。

著者のアンドリュー・ロウ氏は、上記のような JRPG 諸作品のほか、『まおゆう魔王勇者』『えんどろ~!』『勇者ヨシヒコ』なども本作品の着想源となったと述べています。また、この作品にもっとも似ている日本のライトノベルは、『ログ・ホライズン』や『六花の勇者』かもしれない、とも述べたことがあります。
また本作品の「あとがき」では、ファンタジー作家ウィル・ライト『トラベラーズ・ゲート』シリーズや、有名作家ブランドン・サンダーソンの『ミストボーン』シリーズからの影響も明言しています。

 

ここまでは単にゲームやアニメ、そして他の小説からの影響を挙げてきました。では本作品は、それらの要素をたんにつぎはぎしただけのパロディ小説なのでしょうか? もちろん違います。
たんに JRPG ネタのごた混ぜなのではなく、「様々な JRPG 作品が融合し、管理者権限がゲームディベロッパーたちから現地神(しろがねの女神たち)の手に移ってしまった異世界があり、そこになぜか伝統に縛られていない子供が生まれ育ち、システムの穴を突いてみんなを救おうとしたら…?」という物語であること、つまりわくわくするような重厚な世界観設定(伝統ジャンルとしてのファンタジーやSFに近い)と、成長戦略や攻略法を試行錯誤する楽しさ(ゲーム漫画アニメに通ずる楽しさ)の融合というところにロウ氏の真骨頂があります。
複雑精緻なスキルシステム、仕掛けに満ちたダンジョン、壮大な世界観といった彼の持ち味のなかにそれらの要素を融合させているからこそ、短めの単品ながらきわめて優れた作品となっているのです。その証拠に、たんなるパロディなら元ネタを知らなければ全く楽しめないはずですが、本作品は元ネタを全く知らずとも十分に楽しめるはずです(テレビゲームとはどういうものかという漠然とした知識さえあれば)。

また、私がこれもロウ氏の際立った作風だと思うのは、一瞬だけ登場するチョイ役の人物に至るまで、全ての登場人物が、主人公たちと同じだけの深みが備わっていると感じさせる点です。たとえば親切にしてくれる先輩冒険者のグレッタや、魔王との決闘直前に対戦する四天王など、それぞれ一、二ページほどしか登場しないのに、主人公のユウやケンと同等の数奇な人生を歩んできたであろうことを、なぜかありありと感じさせるのです(これはロウ氏がテーブルトークRPG出身であることと何か関係しているのでしょうか?)。

今回はここまでとし、次回からいよいよ、主要キャラクターたちについて解説していきます。

 

次回 アンドリュー・ロウ著『10ステップでかんたん!魔王の倒しかた』作品解説(5)

 


10ステップでかんたん!魔王の倒しかた』アンドリュー・ロウ著

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