チェイター『心はこうして創られる』 みんなが疑問に思いそうなとこの解説(訳者の片方より)1/2

ニック・チェイター『心はこうして創られる 「即興する脳」の心理学』の訳者の片方、長谷川です。

本書はものすごく面白い本であり、大テーマも「マインド・イズ・フラット(自覚的に意識できる表面が心の全てであり「心の奥」などない)」と明確に打ち出されていますが、細部は意外と難しいところがあります(頑張って読みやすく訳しましたが)。なんといっても超多忙な現役研究者が書き上げた本なわけで、けっこう詰め込み過ぎというか、その勢いじゃ読者がついてこれんよーという箇所は多々あります。私が編集者だったら「先生、言いたいことをちょっと減らして下さい!」と悲鳴を上げたことでしょう。いやこの本にも編集者はいるけど、基本的にチェイター教授が書きたいように書いた本じゃないかなと思います。文章も細かく見ればけっこう荒いとこある。でも作家じゃないんだから、何百時間もかけて文章を練りに練り上げるとかありえないわけです。まあしゃーない。

そんなわけで、私が訳しながら特に「わかんねーなー」と思ったところを十個くらい、簡単に解説しようと思います。あっ私は素人なので専門的な見地からの解説ではないですよ。あくまで訳者の一人としてこう悩みこう納得した、という話です。

 

1. 「心の奥はない」のに「記憶の痕跡」はある、ってのは具体的にはどういうこと? それって「心の奥」を「記憶の痕跡」と言い換えただけでは? 何が違うの?

これが一番わかりにくいところだったかな。えーと私が説明すると次のような感じです。

「心の奥」に動機や欲望や信念や映像や知識や記憶が仕舞われているとか、「心の奥」で進行している思考や感情や知覚がある、という発想を本書はけちょんけちょんにやっつけているわけです。

ここでは例えば記憶を例にしましょう。日常的な発想では、記憶というのは五感への入力が心の奥に(つまり脳のどこかに)蓄えられること、とみなされがちです。たとえば毎朝、電車の同じ車両に乗り合わせる人がいて、だんだん顔を覚える。そして休日に街中で偶然その人をみかけてびっくりする。つまり、何度も見るうちにその人の顔が徐々に心の奥に蓄積されていたのだ、と。でもチェイター教授は、そんなことは起きていない、というわけです。なぜなら、脳に残るのは入力(感覚情報)ではなくて、出力(意識)だから。

たしかに、電車の中で「あの人はこんな顔をしているなあ」と自覚的に意識したことがあれば「記憶の痕跡」となり、街中で出会ったときに「あっ、電車の人だ!」という意識が生じやすくなる。それはそうです。でも何百回も至近距離に居合わせて、網膜へ顔の映像が映されていても、こういう顔だなと意識したことがなければ「記憶の痕跡」とはならない。街中で出会っても一切思い出さないわけです。つまり「記憶の痕跡」は、入力(網膜に何が映ったか)の貯蔵ではなくて、「脳がこういう出力(意識)をしたことがある」という余韻みたいもの、なのです。

もっといえば、よく会い、顔を見て、言葉も交わすのに親しくはない人(コンビニの店員さんとか)の顔はほとんど識別も記憶もしない、ということさえありえます。人間の脳はどこにでも顔を見て取るくらい顔の認識が得意(p. 289)なのに、そうとう強烈な意味を帯びた解釈が意識に浮かばないかぎり心に痕跡が残りはしないのです。

もう一つ、外国語を例にしましょう。英語の海外ドラマ(字幕版)が大好きで、総計で軽く1万時間は視聴しているとします。セリフの部分だけで千時間単位の英語経験があるのに、「いま何々と言ったんだな」と意識したことがなければ、英語が聞き取れるようになったりはしません。”okay” とか “thank you” なら聴き取りやすくなるでしょう。しかしそれは予め知っていて意識しやすい単語だからです。知らない単語をただ聴いたなら、音声として聞こえていてさえ、全く「記憶の痕跡」にはならない。あとに残るのは入力ではなく意識への出力(解釈、意味付け)だ、というのは、きわめて明瞭ではないでしょうか。私自身、毎日英語を聴いていますが、「いま何々って言ったのか?」ときわめて意識的に解釈し、意味を押しつけない限り、何の進歩もありません。

かつ、「記憶の痕跡」そのものは思い出されはしない。つねにその瞬間の新たな意識の材料として使われるにすぎない。脳の仕事はひたすら「いまこの瞬間をどう解釈するか」という結果を意識として出力することだから、純粋に「記憶の痕跡をそのまま取り出す」という仕事はできない。この瞬間を解釈するという仕事の一部になっちゃう。つまりある意味、記憶というのは必ず現在によって歪められる。記憶の痕跡をそのまま思い出すということはありえないし、記憶の痕跡としては存在しているのに無視されることも多々ある。

ということで、一般的なイメージの「記憶」と本書の「記憶の痕跡」の違いは、「入力の貯蔵じゃなくて出力の余韻みたいなものだよ」「保存された記憶がそのまま取り出されるってことはあり得なくて、現在を解釈する仕事の素材として必ず加工されちゃうよ」っていう二点でしょうか。

それと同じことが、「心の奥」にあるとみなされがちなあらゆるものについて言える。動機とか欲望とか信念とかも心の奥に仕舞われてなんかいない。今の瞬間の意識へ出力するものを創作するための材料として、過去に行った解釈の余韻が用いられたり用いられなかったりするにすぎない、というわけです。この意味で、「心の奥」なんてものはない。実際に意識したものごとは痕跡となり、その痕跡は現在の心に影響する。でもそれだけ。それ以外に「心の奥」に仕舞われている何かなんてなんにもないよ、と。

共訳者の高橋先生にこのあたりを聞いたら「パソコンみたいに処理装置と記憶装置に分かれてるんじゃなくて、ニューラルネットは計算機構と記憶機構が一体で分かれてないってことじゃないかな」みたいな言い方をしてました。おお、なるほど。

で、さらに言うと、無意識の欲望とか、無意識の思考なんてのも同様で、「心の奥」でこっそり進行しているプロセスなんてない。意識的に欲したり意識的に思考したことは、痕跡となって将来の欲望や思考に影響する。でも、一回も意識したことないけど実は「心の奥」でそう思ってたんです、なんてことはありえない。少なくとも心理学実験では「心の奥」だけで進行していた知覚とか感情とか思考なんて検出されていない、むしろ「心の奥」は錯覚だと示す実験結果ならありますよ、と。「心の奥に実は仕舞われていたもの」なんてないのと同じく、「心の奥で実は進行していた思考や感情や知覚」なんてものもありませんよ、と。

そもそもですが、「記憶の痕跡 memory trace」って言葉がよくないですね。心理学用語なので仕方ないのでしょうけれども、記憶というものの存在を前提した言葉になっちゃってる。でもチェイター教授が言いたいのは記憶なんて(出力の余韻という形以外では)存在しない、ってことなわけです。その意味では「意識痕跡」みたいな言葉の方がよかったんじゃないかと思いますが、むやみに新語を作ることを避けたのかもしれません。

 

2. 「思考のサイクル」が「不規則」ってどういうこと?

本書で一番説明不足な点だと思います! この本の主役である「思考のサイクル」は、パソコンのクロックみたいに均一な時間幅で進んでいくんじゃなくて、早くなったり遅くなったりすると言っているわけです。でもちらっと言ってるだけで、いまいち説明が足らない。

本を読んでいるときとか、風景を眺めているとき、脳は次に何を見ることになりそうか予期しているから、予想通りのものがあれば「思考のサイクル」の次の一回転が早く処理されて、そうじゃなくてどう意味をとればいいかわからない感覚情報を相手にしているときは「思考のサイクル」の一回転が遅くなっちゃう、みたいに言ってる箇所はあります。つまり「思考のサイクル」の一回転ぶんをジグソーパズルに見立てるならば、パズルが簡単か難しいかによって処理時間が変わると言ってる。まあ感覚的にはわかりますが、それ以上の詳しい解説がない。

これが何でかっていうと、要するに「思考のサイクル」はあくまで仮説だからじゃないでしょうか。壮大かつ説得的な仮説ではあるけれども、たとえば「思考のサイクル」の一回転は何ミリ秒なのかどうやって計測するのか?とか、大人より子供の方がサイクルが速そうな気がするけどそのへんはどうなの?とか、寝る直前はサイクルがすっごいゆっくりになるのか?とか、そういう話は一切ない。いや、「思考のサイクル」は一秒に数回とかだよ、という話はちらっと出てきますが、それだけです。

つまり「思考のサイクル」説というのは、「意識というのはこういうものだ!」という壮大な仮説、いわば一つの思想であって、じゃあサイクル一回は何ミリ秒なの、と計測する段階ではない、ってことですね。

 

3. 「思考のサイクル」って、日本語でいえば「頭の回転」ってこと?

鋭い! あなたは鋭いです。日本語には「頭の回転」っていう表現があるわけで、本書の中心概念である「思考のサイクル」とどう違うの? っていうか同じじゃないの?

原語は the cycle of thought であり、これを「頭の回転」と訳してもよかったかもしれませんが、それではあまりにもこう……日本語化しすぎ? いや、舶来語っぽい方がありがたみがあるってわけじゃないですけど、やっぱちょっと違う概念じゃないかな、と。
日本語の「頭の回転(が速い)」は、損得勘定が速いとか、受け答えが当意即妙とかいうことを指しますね。それに対し本書の「思考のサイクル」は、思考・感情・知覚など、意識的に自覚できるあらゆるものを生み出す脳の営みです。つまり日本語の「頭の回転」よりもずっと概念が広い。

ちなみに、ちょっと読み取りにくいところかもしれませんが、本書でいう「思考 thought」は、筋道立った思考とか抽象的思考という狭い意味の「思考」の場合もありますが、感情や知覚まで含めて意識に浮かぶ全てが「思考」と呼ばれている場合もあります。その意味では「思い」とか訳した方がよかったかもしれませんが(そう訳した箇所もあります)、それはそれで感情だけを指す響きにもなってしまうので、だいたいは無難に thought =思考、と訳しています。

まーでも、訳者の片方として認めざるを得ませんが、「思考のサイクル」は「頭の回転」とだいぶ近いかもです。いつかチェイター教授にお会いする機会に(があれば)、「日本語には頭の回転っていう言い回しがあって、思考のサイクルにだいぶ近い意味合いなんですよー」と話したら、きっと面白がってもらえるんじゃないかなと思っています。

 

4. 「内なる託宣者(オラクル)」って何? いまいちわかりにくいんですけど?

わかりにくいっす。要するに心理学用語でいう「直観理論」とかの擬人化ですね。もっと正確にいうと、「直観理論」とかと意識とを仲介する何らかの脳機能の擬人化、でしょうか。直観物理、直感心理、直観倫理などに加えて、心の奥の信念とか、心の奥の選好性とか、そういう「心の奥に秘められていると想定されがちな、確固たる完成品のような理論とか原理原則」を全てひっくるめて擬人化したのが「内なるオラクル」です。で、本書では結局その存在が否定されるわけですが、「オラクルはいない」という否定なのか、「オラクルはいるけど適当なことばっか言う奴だ」という否定なのか、やや曖昧かもしれません。まあそもそも「オラクル」は比喩・擬人化として登場してるに過ぎないので、あまり追求しても仕方がないかもです。

余談ですけど、訳者なら著者とツーカーで、いくらでもわかんないとこ聞けるんでしょ?とか思ってませんか? んなこたーねーから! そういう稀な著者訳者関係を築くことはあり得なくはないですが、質問にちゃんと答えるってのは意外にすごく時間がかかるものです。研究者が各国語版訳者からの質問に親切丁寧に答えてたらその年に書ける論文が二、三本減っちゃいます。そんな時間を奪うことはできないし、いい加減な質問をしたら下手したら返信なしです(チェイター教授は忙しい中親切に答えてくれましたが)。てなわけで絞りに絞って質問しましたわれわれは。その質問のうち一つがこの「内なるオラクル」でした。

で、チェイター教授によると、このオラクルというのは「古代ギリシャのデルフォイの巫女みたいな存在。こちらからは窺い知れないプロセスによって答えをくれる仕組みということ。計算機科学で言うオラクルを想像してもいいよ」みたいな答えでした。おーなるほど。私がわからなかっただけで、計算科学方面の人なら「オラクル」と言われたらピンとくるのかもですね。

訳語に一番悩んだところでもあります。オラクル=巫女様、かんなぎ、イタコ、預言者、とかいろいろ訳し方はあったんですが、結局一番ニュートラルっぽく「託宣者」と訳しました。わかりにくかったら怪しげな巫女とか神官とかが「キエエエェェイ! 心の奥の叡智はこう仰っておるぅぅー!」みたいにお告げを仲介してくれてるところを想像してください。

 

5. 思考のサイクルが「エンジン」、脳も「エンジン」ってどういうこと? 車のエンジンってこと? よくわかんないんですけど?

これもチェイター教授に念のため質問した項目の一つです。いやエンジンって書いてあるんだからエンジンなんですねって思えばいいのかもだけど、車のエンジンのイメージですか? それとももっと広く駆動機関一般みたいなイメージですか?ってのが気になったので。

チェイター教授の答えは「駆動機関一般のイメージだけど、もちろん車のエンジンはその代表だ。ゲーム制作でいう『ゲームエンジン』を想像してもいい」みたいな答えでした。おお、なるほど。

チェイター教授は認知科学の理論家であり(いや専門は複数あるだろうし、本書の分類としても心理学/認知科学/神経科学と幅広いですが)、認知科学というのはそもそも(私の胡乱な理解によれば)動物や人間の知性を計算機に見立てて解明するっていう分野ですね。なので、「オラクル」もそうでしたが、文学的観念とコンピュータサイエンス的概念のあわいにあるような比喩を持ってきたのかなと思います。これもプログラマーの方や計算科学に親しんでいる読者なら、私が解説するまでもなくピンときたのかもですね。

 

今回はここまでとします。10個のうち半分ですね。なんか感想くれ!

次回 につづく。


ニック・チェイター『心はこうして創られる 「即興する脳」の心理学』講談社選書メチエ、高橋達二・長谷川珈 訳

 

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