アンドリュー・ロウ著『10ステップでかんたん!魔王の倒しかた』作品解説(2)

アンドリュー・ロウ著『10ステップでかんたん!魔王の倒しかた』作品解説(2)です。
今回は内容にも触れていくので、僅かにネタバレを含むかもしれません。

まずは、本作品の特徴を挙げてみましょう。

・英語圏(米国)の著者によって英語圏の読者に向けて書かれた作品でありながら、ほぼ JRPG(ジャパニーズ・ロール・プレイング・ゲーム)を題材として構成された中編小説 (novella) 。
・「ゼルダの伝説」「ドラゴンクエスト」「ファイナルファンタジー」といった古典的 JRPG に触発されたパロディ/コメディ作品。とりわけ「ゼルダの伝説」シリーズへの愛の深さが伺われる。その他にも「イース」「ブレイブリーデフォルト」といったシリーズの要素や、日本のライトノベル『まおゆう魔王勇者』などの影響もみられる。もちろん元ネタの全てが日本のゲームというわけではなく、D&D(ダンジョンズ・アンド・ドラゴンズ)や The Elder Scrolls(スカイリム)シリーズといった海外RPG に着想を得ている面もある。とはいえロウ氏の他の作品群と比べても、圧倒的に日本のゲームをモチーフとした作品である。
・著者はゲームデザイナー出身であり、緻密な世界設定、複雑な魔法システム、凝ったギミックのダンジョンは他の作家の追随を許さないものがある。意外性のある問題解決、印象的な登場人物と伏線に富む物語展開も氏の作風。また本作について言えば、一作読み切りのコメディ作品であることから、ハッピーエンドと読後感の爽やかさという点も特徴として挙げられる。
・日本で言えばライトノベルに近い作品(著者自身もこの作品は「日本のライトノベルに近い」と述べているほど)。ただし厳密にいうと、英語圏では LitRPG(リトアールピージー)と呼ばれる新興ジャンルの一冊。
・日本でのライトノベル同様、英語圏でも LitRPG というジャンルは急速に作品数と読者層を厚くしつつある。しかし日本へはその紹介はまだほとんどなされておらず、本作品がおそらく本邦で初めて本格的に紹介された LitRPG 作品である。

「LitRPGとは何か」という解説は長くなるのでまたの機会にしますが、字義的には「Lit(=Literature、文芸)+ RPG(=ロールプレイングゲーム)」を合成した造語であり、簡単に言えば「テレビゲーム的な世界を舞台とした小説」です。もっとぶっちゃけて言えば、「主人公が自分のステイタス画面を見つつ自覚的にレベル上げに励むことを柱とする小説」です(また言うまでもありませんが、そこまであからさまでなくともゲーム的世界観の下で執筆された作品は LitRPG にカテゴライズされ得ます)。
……と解説すると、「それはライトノベルと何が違うんだ」「異世界転生/転移ものってことか」と思われることでしょう。手短かに説明すると、「日本でライトノベルと呼ばれる広大なジャンルのうち、『ソード・アート・オンライン』や『オーバーロード』に代表される、ゲーム的世界を舞台とする作品群に英語圏で対応するのが LitRPG というジャンルである。ただし、ゲーム世界という点は共通でも、ライトノベルと LitRPG ではだいぶ印象が違う。たとえばライトノベルでは異世界転生/転移ものが盛んだけれども LitRPG ではその世界に生まれ育った主人公が多いし、ライトノベルではイラストが重要なのに対し LitRPG は特にそうではない」といったことです。

これはちょうど、海外のゲーム会社が作った RPG と日本の会社が作ったいわゆる JRPG ではだいぶ作風が異なるようなもの、といえば何となく伝わるでしょうか。ちなみに、じゃあ英語で Light novel といえば何になるのかといえば、「日本でライトノベルと呼ばれる小説」を指すようです。つまりライトノベルはあくまでライトノベルであり、LitRPG はあくまで LitRPG なのです。お互いに独自の文脈で成り立っているわけです。うーん、なんだか説明になっているような、なっていないような感じですね。まあ大雑把には「LitRPG=英語圏でライトノベル(の一部)に相当するジャンル」という認識でよいと思います。

ちなみに伝統ジャンルとしてのファンタジーや SF と LitRPG では何が違うのかというのも、あからさまにゲーム的な世界観かどうかという点ですね。

ともかくそんなわけで本作品は、たぶんですが、英語圏における LitRPG という新興ジャンルの初邦訳作品です。わー。ばちばちばち。(映画化もされた『レディ・プレイヤー・ワン』はどうなのかって? あれはどちらかというと「GameLit(ビデオゲームを重要な要素として配した小説)」と呼ばれる、LitRPGを少し広くしたジャンルです)。

著者のアンドリュー・ロウ氏は「あとがき」で元ネタとなったゲームの製作者たちに謝辞を述べていますし、日本語への翻訳過程でも訳者とのやりとりの中で「日本のクリエイターたちに『ありがとう』を言えるようで嬉しい」と仰っていました。作品内容のみならず作者の作風・人柄から言っても、LitRPG というジャンルの日本への本格的紹介第一号としてこれ以上にふさわしい作品はないと言えるでしょう。

 

さて、前回はあらすじを紹介しましたので、今回は目次を一覧してみます。

ステップ1  まずは伝説の勇者になります
ステップ2  秘められし勇者的な力を解き放ったら
ステップ3  勇者の剣が手に入るので
ステップ4  なるべく強いモンスターをみつけて
ステップ5  死闘のくりかえしのなかで強くなり
ステップ6  伝統的手法でダンジョンを攻略……
ステップ7  え、仲間が足りないかな?
ステップ8  オーケイ、残りのダンジョンをクリアしちゃおう
ステップ9  最後の戦いの準備をしたら
ステップ10  魔王を倒します
ステップ11  あれ? ステップは10までのはず……
エピローグ  そして、新たな冒険へ

オーディオで聴いていった場合にはちょっと把握しづらいかもしれませんが、作品タイトルである「10ステップ」に目次が対応しています。つまり主人公ユウが考え出した誰でも世界を救える素晴らしい計画が、そのまま章立てとなっている……のですが、どうやら冒険が進むにつれてだんだん修正していったようです。事前に思い描いていたのはもっとスムーズな計画だったのでしょう。ステップ5あたりまでは当初の計画どおりというか、なんとか章題に沿った形で冒険を進めていたのかもしれません(内容的にはステップ1からいきなり躓いていましたが)。しかしステップ6あたりからは、当初の計画から大きく逸脱したためか、章題そのものが乱れていっています。つまり目次もコメディ要素の一つということですね。

さて、厳密にいうと目次はこれだけでなく、原著には以下のものも含まれています。

・はじめに
・あとがき
・著者について
・アンドリュー・ロウ 既刊書
・作品のスタイルについて

「はじめに」と「あとがき」は、邦訳オーディオ版で朗読されていますね。「あとがき」も朗読に含まれるとは思っていなかったのですが(訳者の仕事は原稿を渡すところまでなので)、読んでもらえてよかったなと思います。「著者について」「既刊書」「作品のスタイル」はあくまで付帯情報的なものですのでオーディオ版では省かれています。

今回はここまでにします。あんまり内容には入りませんでしたね。次回はどうしましょう、もっと作品を解説していった方がいいのか、そろそろ作者のアンドリュー・ロウ氏について説明すべきなのか……?

 

次回 アンドリュー・ロウ著『10ステップでかんたん!魔王の倒しかた』作品解説(3)

 


10ステップでかんたん!魔王の倒しかた/アンドリュー・ロウ 著

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