アンドリュー・ロウ著『10ステップでかんたん!魔王の倒しかた』作品解説(3)

アンドリュー・ロウ著『10ステップでかんたん!魔王の倒しかた』作品解説(3)です。

今回は著者のアンドリュー・ロウ氏を紹介します。日本語メディアに取材されたことも取り上げられたこともない作家ですから、なんとこれが氏について紹介する日本初の記事となります! ……といっても、公開されているプロフィールに私の知っていることを少々付け足す程度ですが。

アンドリュー・ロウ Andrew Rowe プロフィール
 (アマゾンの 著者紹介 ページなどから抜粋)
米国カリフォルニア州在住。NYタイムズ紙ベストセラー作家。White Wolf 社などのテーブルトークPRG作品のゲームデザイナーとして出発し、次いでビデオゲーム業界へ。ブリザード・エンターテイメント社の伝説的 MMOPRG『ワールド・オブ・ウォークラフト』の運営に携わり、以後もクリュプティック・スタジオ社、オブシディアン・エンターテインメント社といった素晴らしいゲーム会社で働く。近年はフルタイムの作家として執筆に専念。また、自分の小説世界を舞台設定としたライブアクションRPGの運営、テーブルトークRPGの執筆も行う。日本のゲームやアニメから多くの着想を得る。ゲームデザインと執筆のほかには、たくさんのアニメを鑑賞し、ファンタジー小説をメートル単位で読み、手あたり次第にRPGゲームをプレイしている。過去の作品に The War of Broken Mirrorsシリーズ、Arcane Ascension シリーズ、Weapons and Wielders シリーズなど。

画像  Andrew Rowe
(画像 左: ツイッターアカウント より。右:goodreads より)

 

以上はプロフィール的なものですから、日本のファンの視線で少し補ってみます。

・邦訳されているのは、いまのところ『10ステップでかんたん!魔王の倒しかた』(以下『10ステップ』)のみ。
・「日本のアニメ・ゲームから多くの着想を得る」というのは、自身の作品群についてゼルダ、ドラクエ、イースといった日本の RPG やアニメ、ライトノベルを発想の源としていることをかねがね公言しているほか、事実上のデビュー作である Forging Divinity(捏造の神々) の主人公の一人リディアの名前はファイナルファンタジーIV のリディアから取っているといった具体的な点も挙げられます。また『10ステップ』のあとがきでは、初代『ゼルダの伝説』が幼少期に初めて熱中したテレビゲームと述べています。
・ただし誤解を避けるために記しておきますが、『10ステップ』以外の作品群では、そこまでコテコテに JRPG 的な世界設定ではありません。日本のゲームや漫画、アニメの要素を、英語圏の伝統ジャンルとしてのファンタジーと上手に融合させた作風、といったところでしょう。また、日本の文物の影響をこれほど積極的に取り入れる作家は稀有とはいえ、私は「ロウ氏は日本が大好き」といった話をしているわけではないのも言うまでもありません(好きかもしれませんが、少なくとも氏はそういった発言はしていません)。私見ながらこう思うのです――子供時代がファミコン全盛時代とたまたま一致し、それ以後も屈託なく日本のゲームやアニメを摂取し、その影響を創作の中で自らの文化と喜んで融合させているところに氏の作風の魅力があるではないか、と。

ではさらに、もっとトリビア的な事実を挙げていきます。

・ 「NYタイムズ紙ベストセラー作家」というのは、文字通り、実際にランクイン経験があるからです。英語圏ではNYタイムズ紙のベストセラーランキングに一度でも載った作家は「NYタイムズ紙ベストセラー作家」と名乗ってよいとの伝統があるのです。
・氏のこれまでの著作は基本的に出版社を通さない販売、いわゆる自費出版(アマゾンでのセルフ出版)です。しかし日本語で「自費出版」というと、採算の成り立たないきわめて小規模な趣味の制作物といったイメージがありますので、やや誤解を招きます。英語圏の LitRPG という分野(前回 簡単に説明しました)は自費出版が多く、これはいまだ LitRPG というジャンルがニッチであり大手出版社が進出していないこと、そして(私の推測ですが)おそらく LitRPG の読者層が電子出版と相性がよく、従来型の出版である必要がないのです。出版社というシステムを介さずに専業小説家が成り立つというのは、おそらく世界史上初めての画期的なことです(急に話が壮大になってきました)。その背景は膨大な英語人口でしょう。日本で自費出版のみで暮らせる小説家が登場するとは残念ながら思えません。もちろん英語圏でさえ、そうして自費出版でやっていける LitRPG 作家はきわめて少数のようですが、私たちは「出版社の介在しない小説ジャンルの出現」という稀な出来事を目撃している……のかもしれません。
・といっても、話はそこまで単純ではなく、英語圏では作家と出版社のあいだに出版エージェントというものが存在し、その役割が大きいのです。アンドリュー・ロウ氏にも当然、担当の出版エージェントがいます。この点でも単に自費出版と言ったら誤解を招きますね。かつ、氏も出版社からの出版を否定しているわけではなく、機会があればそれも考慮すると述べています。またオーディオブックやグッズの制作販売は、ファンタジー/SF/LitRPG に強い Podium Publishing を通して行っているようです。
・ファンコミュニティを非常に大事にする作家であり、Dicscordreddit にしばしば本人が降臨します。

うーむ、この調子で細かく書いていったら途方もない長さになってしまいますね。大事な情報に絞らなくては……。

アンドリュー・ロウ氏自身の発信サイトを挙げておきます。

・ブログ Andrew’s Blog: https://andrewkrowe.wordpress.com/
・Facebook https://www.facebook.com/Arcane-Ascension-378362729189084/
・LinkedIn https://www.linkedin.com/in/andrew-rowe-48b75936
・ツイッター https://mobile.twitter.com/taeliensalaris

以下にこれまでの執筆作品をすべて挙げます(仮に訳題も添えました)

・ウォー・オブ・ブロークン・ミラー(壊れた鏡の戦争)シリーズ
Forging Divinity (2015) 捏造の神々
Stealing Sorcery (2015) 魔術の簒奪
Defying Destiny (2019) 神々に抗して

・アーケイン・アセンション(魔塔の登攀)シリーズ
Sufficiently Advanced Magic (2017) 十分に発達した魔法は
On the Shoulders of Titans (2018) 巨人の肩に乗って
The Torch that Ignites the Stars (2020) 星々を灯す炎

・ウェポンズ・アンド・ウィルダーズ(剣とその担い手)シリーズ
Six Sacred Swords (2019) 六聖剣の大陸
Diamantine (2020) 金剛の剣
Soulbrand (2021) 炎魂の剣

How to Defeat a Demon King in 10 Easy Steps (2020)
邦訳『10ステップでかんたん!魔王の倒しかた』(2021)
Death Game Quality Assurance  (2020) デスゲーム品質保証
・Misplaced Heroism こんなところにそんな勇者を
チャリティ短編アンソロジー “Art of War” (2018) への寄稿

長編ファンタジー小説が3シリーズ合計9冊で、いずれのシリーズもまだ未完結であり続刊が予定されています。そのほかに単品のコメディ作品が二つと、ごく小さな短編が一つです。
すべて訳して日本に紹介したい!と思ってちょぼちょぼ作業しているのですが、出版のあてはなく、他の仕事もしなければならず……。最後に挙げた短編の『こんなところにそんな勇者を』はすでに完成稿が手元にあり、最高に面白いのですが、どこかの雑誌に載らないかな……。

おっと、いま「長編ファンタジー小説」と書きましたが、「LitRPG っていうジャンルなんでしょ?」と思われたかもしれません。いやそこが複雑なところでして……。アマゾンなどでのジャンル分けとしては「ファンタジー」であり、アンドリュー・ロウ氏自身は「LitRPG 作家」とは名乗っておらず、むしろ「ファンタジー作家」と名乗ることがあります。しかし自らの作品について「成長ものファンタジー Progressive Fantasy」という新たなジャンル名を提唱しており、でもそのジャンル名はあまり普及しておらず、LitRPGの読者層からは「LitRPG」というジャンルを代表する作家の一人とみなされていて……と錯綜しているのです。そして『10ステップ』という作品に限っていえば著者自ら「LitRPG だよ」と説明しています(主人公が明確にステイタスやレベルを自覚しているという LitRPG的な作品なので)。日本では「ライトノベル」の一言で済みそうですが、英語圏では新興ジャンルゆえの用語の不安定さがある気がします。

この状況を日本語で説明するのは至難のわざであり、アンドリュー・ロウ氏を日本に紹介するにあたってはどうしたらいいんでしょうか……? まあ、わかりやすく「ファンタジー作家」でよいだろうと思いますが、それではライトノベル読者層(に届いてほしいと私は思っています)には手に取ってもらいにくい気がし、かといって「ライトノベル作家」と紹介するのはさすがに事実に反します(氏はライトノベルとして書いているわけではないし、氏のファンコミュニティも「ライトノベル」だと思って読んでいるわけではないのですから)。LitRPG というジャンル名が日本でも知られてくれたら問題がなくなるのですが、「ライトノベルとどこが違うの?」という問題ゆえにそれも難しそうな気がするし……むむむ。

長くなってきたので今回はこれくらいにします。氏の作風や人柄、ファンたちからの評価について、あまり具体的に掘り下げるには至りませんでした。それは次回にするか、そろそろ『10ステップ』の作品内容にもっと触れていくべきなのか… うーむ、細かな情報をすべて書きたくなってしまうゆえに迷ってしまいます。

 

次回 アンドリュー・ロウ著『10ステップでかんたん!魔王の倒しかた』作品解説(4)

 


10ステップでかんたん!魔王の倒しかた』アンドリュー・ロウ著

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